私とムカデジャングル

「今年は何匹出たと思う?」
 一年の終わり。紅白歌合戦を見たい大人勢とガキの使いを見たい子供勢がリモコンを奪い合う。私は後者だった。時間帯によっては大人勢に加勢する時もある。SMAPや嵐の出番になると、大人勢と子供勢は平和協定を結び、一時休戦となる。
 氷川きよしの順番が回ってくると、祖母は大喜び。コンサートの物販で、きよしの顔が大きくプリントされたうちわをお土産に買ってきてくれた事もある。祖母が美人なのは、きよしに恋をしているからではないだろうか。兎にも角にも、祖母は相変わらず今も氷川きよしの大ファンだ。
 一年ももう終わりだ。子供ながらにしみじみと一年を振り返った。家族が囲むコタツには、みかんと花札。完璧な大晦日の過ごし方だった。
 母が花札を配りながら、ポツリと呟く。
「今年は何匹出たと思う? ムカデ」
「十匹くらいじゃない」
私が言う。
「十匹は超えてるやろ」
姉が言う。
「僕今回はそんなに遭遇せんかったで」
小学生の弟が言う。
 父と祖父はみかんをムシャムシャと食べている。役立たずめ。祖母は誰だか分からない演歌歌手に合わせて歌っている。きよしではない。
「はぁ‥‥‥」
母が大きなため息をつく。
「三十匹だよ。三十匹」
 私は、私達は絶句した。前年の記録、二十五匹を上回る大記録ではないか。新記録更新である。金メダルだ。
 母が白い粉を家の周りにせっせと撒く姿を思い出す。白い粉の上で、息絶えているムカデもいた。しかし三十匹のムカデ達は、成し遂げたのだ。数々の障害を乗り越え、私達の前へと姿を現し、大人になった今でも思い出すくらいのトラウマを私達に植え付ける事に成功したのだ。あっぱれである。
 あの白い粉は、彼らにとってのスタートラインだったのかもしれない。はたまたゴールテープでもあったのかもしれない。
 当時子供だった私は、母の「三十匹だよ。三十匹」を何とか消化しようとみかんを次々へと口に運んだ。
 弟が口を開く。
「もうやだ、こんな家。ムカデジャングルじゃん」
 家族全員、深く頷いた。激しく同意した。家族が一つになった瞬間である。ムカデジャングル。何てパワーワードだろう。弟のセンスに脱帽である。
 もうすぐ一年が終わる。ムカデは新記録を叩き出し、金メダルを獲った。我が家は複雑な気持ちで年を越す。しかし、家族の心は一つだ。
 母は来年さらに強力な白い粉を用意するだろう。私達の戦いは続くのだ。