親にこういうことをされて私は辛かっ... by 空谷美耶 | ShortNote

親にこういうことをされて私は辛かったのです、ということを伝えるのは難しい。子どもの気持ちより親の予定を優先させるのはどこの家庭でもある。
例えば、子どもが電車が好きで野球に興味を持たなければ、普通の親は電車の絵のついた絵本や服を買い与えると思う。私の親は、私が嫌いなのを知っていて、野球のものばかりを買い与え、電車のものを欲しがるとわがまま!と罵るタイプだ。
例えば、子どもが父親ではなく母親と遊びたそうにしたら、普通の母親は手が空いたら子どもを構いに行くだろう。そういうとき、私の親は口先だけの理由をつけて頑固なまでに、子どもを構わなかった。自分が子どもを構わないことで育児に非協力的な父親への嫌がらせをしていたのだ。
母親の気分は晴れるのかもしれないが、子どもの心は深く傷つく。夫婦喧嘩で母親が勝つための道具にされた子どもは、母親を信用できなくなる。だって、母親にとって私は人間ではなく、道具だから。それも、父親を傷つけるための道具だ。
ハサミや包丁は道具であり意思を持たないが、子どもは、使われた記憶を一生忘れないし、その記憶を使って自分の意思をつくる。
家族を傷つけるための武器として使われた記憶は、罪悪感として刻まれる。母親が、父親が、私を家族を傷つける道具として使うたび、私は罪悪感を溜め込んで死にたくなる。
どうしてお父さんもお母さんも、私がこんなに傷ついていることに気づかなかったのだろう。答えは明白だ。彼らにとって私は家族を傷つけるための道具だった。道具が記憶や感情をもっているとは思わなかったのだ。