苗場旅行は突然に(注:タッチアンドゴー)

日曜日の朝。電話の音で起きる。電話に出た嫁が、何か慌てている。嫁も電話の音で起きたようだ。ふと時計を見ると、7時ちょっと前。…あれ、今日って6時に家出て、川崎まで長男を送ってくことになってなかったっけ?
…俗にいう寝坊である。
長男はこの日より、進学塾の合宿に参加することになっていた。塾の川崎校に6時50分に集合して、みんなでバスに乗って目的地を目指す。目的地は、苗場プリンスホテル。新潟県である。ここ、俺の自宅からだと3時間くらいかかるらしい。いやはや、わざわざそんな遠いところまで勉強しに行くなんて、ご苦労なこってす。
などと他人ごとのように書いているが、次の瞬間、他人ごとではなくなった。嫁が電話の向こうに対し、こう言ったのである。
「もうしわけございません、はい、私たちで現地まで連れて行きます。」
「私」ではなく「私たち」と言うところがポイントである。既にその時点で、俺を頼ることが含まれている。
電話を切り終わらないうちに、スマートフォンで経路を検索する。電車での経路は「乗換案内を計算できませんでした」と出た。そりゃそうである。あんなところまで電車など走っていない。そうなれば車で行くしかない。自動的に有無を言わさずお父さん(俺)の出番である。
ただ、不思議なことに、それほど動揺はしなかった。片道3時間の道のりを、到着後に何の目的もなく、ただひたすら「長男を送り届ける」ためだけに車を走らせることに、それほど抵抗は感じなかった。
起きて時計を見た瞬間に「あ、これは俺が送ってくことになるかな」と無意識に心構えが出来ていたような気もするし、目の前でまるでこの世の終わりかのような慌てぶりを披露しつつ、申し訳なさそうに「送って行ってくれる?」と頭を下げる嫁を見て逆に冷静になったのかもしれない。それと、この日は「Portal 攻めてくるぜ」と明け方の4時まで車ぶっ飛ばしてあちこち回って来た挙句の寝坊、なので、自分自身の責任も大きいと認識していたということもある。
しかし何よりも、このトラブルに実は胸躍っている自分がいるのを感じていた。そもそも車を運転すること自体が好きで、「長男を送り届けなければならない」という大義名分のもとに大手を振って遠出出来るのである。しかも帰り道は一人だ。車がファミリーカーであることが悔やまれるけれど、一人で日中片道3時間のドライブなんて、家族がいる身分ではなかなか出来るものではない。嫁が「なんだったら、長女と次男も一緒に連れてったら」などと言い出したので、「いやいや、ほとんど移動時間だぜ?行って帰ってくるだけだぜ?」と言いくるめて阻止した。危ない危ない。
それともう一つ。「これはおいしい」と思ったのも事実である。「これは話のネタとして使える」と。そして今こうしてここに書いている次第である。まったくもって救えない。
かくして、片道3時間の行きは長男と二人、帰りは一人のロングドライブが始まった。何のお楽しみも待っていない、ただただ長男を送り届けるだけの旅である。そんな旅なので、特筆して書くことも何も無い。途中、高坂SAで Portal 攻撃したり、長男は相変わらずギリギリまでトイレを我慢して俺を慌てさせたり、赤城高原SAには Portal がないので申請したり、苗場プリンススノーリゾートの Portal をゲットしたり、帰りは事故渋滞とか言われた焦ったけど大したこと無かったり、昼飯は帰りも寄った高坂SAで横浜家系ラーメンだったり、まぁ、無いことは無いけどどれも大したことでは無い。ただ行って、長男を無事に送り届けて、返ってきた。
ただまぁ、とても楽しかった。すげー疲れたけど、楽しかった。ずっと座りっぱなしだからケツも痛くなったし、返ってきてから何かやる気力が残って無くてずっとぐったりしてたけど、楽しかった。ただ、帰りに食ったラーメンの写真を見せた長女と次男が「いいなー、おいしそー」と言っていたのにはちょっと罪悪感。やっぱり一緒に連れて行ってあげれば良かったかもしれない。
とにもかくにも、長男は無事に合宿に参加できた。果たして、俺に感謝してるかっていうと、そんなことは無いだろう。俺自身、そういうのが分かったのは、自分が親になってからだしね。まあ別に、感謝してくれとは思って無くて、ただ、せっかくの合宿なんだからきちんと勉強して欲しいなと思う。まぁそっちも期待できないんだけどね(苦笑)