魚を見ると思い出される築地の記憶

私の生まれ育った町は、隣町に料亭街がある関係で魚屋さんがすごく頑張っている。ナニがうれしいって、料亭や割烹に卸す高級な魚を、そのまま町の住人に売ってくれること。
今の時期は、新鮮な生マダラやマサバやカレイの巨大な切り身が300-500円くらいで買える。ちなみにどれくらいの大きさかといえば、スーパーで売ってる切り身の3倍はある。昔懐かしい杉素板の短冊値札だけ見ると高く思えるのだが、量を考えれば格安。(料亭で遣う大きな粒の剥き牡蠣(1ケ50-70g)を1粒単位で売ってくれるのも嬉しい)
そんな地元の魚屋さんの店先を眺めると、若い頃、築地の場内と場外でバイトした時に教えてもらった鍋や煮物をつくりたくて我慢できなくなる。

私が働いていたところは、いわゆる人材派遣業(当時は人足集め)の日給支払。だから、ひとつの会社から色々な問屋に派遣されて、仕事終わりの10時頃、みんなが休憩室に色々な「お土産」を持って帰ってくる。
私はマグロの冷凍倉庫に出ることが多かったので、ホンマグロの中トロを柵ごと持って来たし、
貝問屋に出ている人は、活きホタテや生ガキをケース丸ごと持ってきちゃうし、
カニ問屋に出てる人は、脚が折れたタラバを3肩とか、ズワイやケガニを3ハイぐらい持ってきちゃうし、
エビ問屋に出てる人は、イセエビやロブスター、クルマエビや芝エビなどをケースごと抱えてきた。

築地は人類史上、世界最大の鮮魚市場。
日本全国からトラックが集まり、世界各国から送られてきた冷凍コンテナが集まる。

だから、酒だって、トラック野郎たちが地元の酒を差し入れしてくれるから困ったことがない。
トラック野郎の仕事はとてもシビア。10分でもいいから、自分の便から先に庫出ししてもらいたい。コワモテだからといって「ヤッチャ場」の我々に「早くしろ!」なんて怒鳴ろうものなら、我々は「んだ、この野郎!」。我々はいつも「カギ棒」(木箱につっかけて引きずったり投げるための鉄製鉤)を持ってるから、喧嘩上等で買いまくる。日頃、10キロなら軽い、30キロでも軽い、50キロから気合を入れるなんて力仕事を、1日に何十トンもやってる力自慢ばかり。本当に手を出そうものなら、流血間違いなし。
運ちゃんの態度が悪かったりしたら、庫出しの順番はどんどん後回しにするし、荷を所定の場所に持っていったら「勝手にやれ」と手伝ってやらない。
すると賢い運ちゃんは、愛想よく挨拶し、顔馴染みになったら一升瓶を手土産にする。我々も快く仕事をして、運びやすい位置に持っていってやるし、爺ちゃん運転手が大儀そうなら若い衆が手伝う。
そういうわけで、酒には本当に困らなかった。休憩部屋で邪魔になるから、家に持って帰るほどあった。

冬場は鍋。当然、【酒鍋】。
灯油ストーブに巨大な鍋がかけられていて、次から次へと具材をボンボン放り込んでいく。
「酒2:水1」の割合のスープで鍋をするだけ。このシンプルな鍋が実に美味い。

そして、魚の煮物。
実は、魚の煮物は超簡単料理。
切り身の下ごしらえは、切り身を軽く水洗いしてペーパーで水気をとる。そして、ビニール袋に突っ込んで、日本酒をひたひたに漬ける。その時、魚の匂いが苦手ならお酢を大さじ1だけ足す。(お酢は火を通せば飛ぶからだいじょうぶ)
調理器具は切り身が入るならなんでもいい。ちなみに私は、家ではテフロン加工のフライパンでやっている。
出汁昆布を鍋に敷き、2切れなら日本酒1カップを漬けておく。あとは、長ネギの青い部分を適当に、生姜スライス1かけ分。
あとは、下ごしらえした切り身を優しく並べてから、火を中火くらいでつける。
沸騰してきたら、火を小火にして、切り身に煮汁を何度もかけながら「10分間」煮る。大事なことは、火にかけてからは、切り身本体には触らないこと。

サバの味噌煮の場合、このあと、味醂を大さじ3、醤油小さじ1、味噌大さじ1を煮汁に溶かし、一度、火を止める。その後、人肌程度に冷めてから、もう一度、小火にして沸騰したら出来上がり。

タラやカレイの煮つけの場合、このあと、醤油大さじ2、味醂大さじ3を加え、火を止める。その後、人肌程度に冷めてから、もう一度、小火にして軽く沸騰したら出来上がり。

どちらも煮汁のベースは「日本酒のみ」。水は一滴も加えない。それがヤッチャ場流。
また、長く火にかけすぎない。切り身を入れて沸騰したら「10分」が原則。これで身が柔らかく仕上がる。
味付けしたら一度「火を止める」。冷めていく間に味が染みるから問題ナシ。火の通りも、余熱や温め直しで十分。
(逆に言えば、魚の煮物に失敗するのは、長く火にかけすぎて、身がボロボロになったり、身から煮汁へと旨味が逃げてスカスカにしてしまうため)

これらを肴に朝からガンガン呑む。
なにしろ、酒は清酒だろうが濁酒だろうが焼酎だろうが山ほどある。(※ビールは貴重品)
一人三合か五合くらい呑んだら、お次は白飯。
なにしろ、夜中の二時や三時から肉体労働な上に、夏でもバカ寒い冷凍倉庫や冷蔵倉庫だからとてつもなく肉体が疲労している。
三升炊きのガス炊飯器で炊かれた白米を、一人一合とか二合とか丼でかっ食らう。鍋や煮物がなくなっても、塩辛やイクラやタラコが山ほどある。場外には肉屋だってある。
たらふく酒呑んで、たらふく米を食ったら、送迎のハイエースで駅まで送ってもらう。ハイエースの中では熟睡……

いやぁ、あの頃は楽しかったなぁ。
十代から五十代までの男どもが、みんな、ガハガハ笑いながら、半端じゃない肉体労働して、運ちゃんたち相手に怒鳴り合いして、酒かっくらって、飯をモリモリ食ってた。
刺青モンなんて珍しくもなかったし、小指が両方なくたって、仕事キッチリやってりゃどうでもよし。働く奴は中卒だろうが小卒だろうが、どうでもよし。前科者だってかまわない。外国人だろうが働く奴なら仲間。
理屈こねくりまわす前に、動け、働け。働かない奴にかける情けはない。クチをベコベコ動かす前に、手を動かせ! 働かない奴は邪魔だから帰れ! 怪我されると面倒なんだよ! ってね。(実際、怪我をする奴はチンタラテレテレやってる奴ばっかり)

まあ、30年近く前の話だから、市場も今はもっとちゃんとしてると思うけど……

最近の若い子って、肉体労働を嫌がるよなあ。
みんな、コンビニやらレンタルビデオやらネットカフェやらで働いて、自分が肉体労働をするなんて想像もしていない。

ちなみに、肉体労働の現場では、最初の1か月は、誰も口をきいてくれない。
バイトなんて、逃げ出すものだからね。1日どころか昼休みで逃げる奴もザラ。
そんな中、怒鳴られながらも頑張って働き続け、1か月を乗り切ると認めてくれて、一気に仲良くしてくれる。3か月もやったら兄弟同然。

肉体労働も、濃い人間関係も嫌いなんだろうけど、実際にやってみると、そんなに悪いもんじゃないよ。
生きてることを実感し、カネのありがたみを実感したいなら、肉体労働は若いうちに経験すべき大事なことのひとつだと思う。