まわる、めぐる

最近、過去(数週間~数ヶ月前)のノートに、忘れた頃にハートをいただいたり、ビュー数が100とか200とか超えたりする(という通知が来る)ことが何となく多い感じがする。
まさか最新から読み進めてって数ヶ月前のまで読んじゃう方がいるとも思えないので(いや、中にはいるのかもしれないが)、似ているノートから発掘してもらったり、わたしの最新ノートから遡って読んでもらってるんだろうなと思う。実際、自分もそうやって、誰かの過去ノートを読んだり、ハートを押したりすることも多いので。
こういう場所に文章を書いていると、わたしは自分の過去ノートは積極的には読まないし、記録しているつもりでも、過ぎ去ったものは忘れてしまう。
使い古された言葉にしたら、結局「垂れ流し」で、無責任に放流して、あとは忘却の彼方。
そんな時に、忘れた頃に「おしらせ」が、過去のノートのビュー数やハートをつけてくれたのを知らせてくれると、うれしいの半分びっくり半分で、過去のノートを読み返す。
書きなぐって吐き出して、それきり振り返りもしなかったものが、ちゃんと生きたままそこにいる、って、なんか不思議。生きてて当たり前なんだけど。
過去の自分は、たとえ数週間でも数ヶ月でも今の自分とちがくて、でも同じで、気の合う友人との再会みたいな、妙な懐かしさがある。
そんな 時代もあったね、と、ですよ。
時代というには短すぎる間隔で、まわる まわるよ 時代はまわる、のだ。
途中まで、こういう「Short Noteっていいよね」系ノートって、書いてる側から既視感あるよなー、って思いながら書いてたけど途中から中島みゆきが脳内再生されて止まらない。という超どうでもいい話。