コミュニケーションが苦手な人へ

コミュニケーションに悩む人が少なくない。
相手に自分の意図が上手く伝わらなかったり、下手なことを言って相手に嫌われるかもしれないと怯えたり、気の利いた言葉が思い浮かばず口を噤んでしまったり、その内容は千差万別である。
そこには長いこと曖昧を是としてきた島国の国民性に、白黒はっきりつけないと先に進まない大陸文化が以前にも増して侵略してきているという事情もあるとは思う。特に何かを交渉する場面においては「欧米流」とも言えるコミュニケーション・スキルを要するところもあり、多少の意識転換と交渉術の訓練が必要になってくるだろう。
ただそれ以前にコミュニケーションが苦手な人に共通してることがある。
相手の話、あるいは相手自身に関心や興味を抱いてないということだ。もっと言えば自分の体面を保つことが大事になっているか、自分自身を諦める力が、相手に興味を持つこと以上に強くなっているか、そんな感じがする。
この人は何を考えてこういう発言をしてるのか。この人の話は何を根拠に基づいているのか。この話の着地点はどこに向かっているのか。この人は何者なのか。そこに興味が向けば、話下手だろうが語彙が乏しかろうが、わからないことを質問したり、わかったことを相手に伝えたりするだけで、会話は十分成立する。
関心を抱かれた方も、この人は自分の話に興味を持ってくれると思えれば悪い気はしない。どんどんいろんなことを話していくだろう。そういう会話を重ねていけば、話し手の言葉の使い方や、発した単語の話し手が思う意味がわかるようになり、長話に億劫になることはあっても、話すことが苦手ということにはならなくなるだろう。言葉のチョイスや、その裏に潜む思想に嫌悪感を示すことはあるだろうけど、それが嫌ならその人とは話さないか、話を適当に流せばいいだけのことだ。
人と交流することもなく、自分語に固執して、他者に関心を示さなければ、そりゃあ会話も苦手になろうというもの。
幼い頃に他者から心ないと思うような言葉を浴びせられ続けた人は、自分を守ることが最優先だから、相手に関心を持つことはかなり労力を必要とするだろう。だが、それでも早いうちからいろんな人と話す機会、話すのが苦手なら話を聞く機会を増やしていけば、苦手を克服するのは時間の問題だ。
諦めないでほしい。