はをとるのを、やめなさーい!

私の日常の彩りはジジイとババアで成り立っている。
子持ち主婦とは朝〜夕方まで公園とスーパーを徘徊する生き物で、それと同じ行動様式を持つ生き物はジジイとババア(主にジジイ)だからだ。
幼稚園の帰り道、あまりに暑くていつもは寄らないコンビニに寄った。そこには胸のすぐ下までモモヒキを上げ、便所サンダルを履いた「絵に描いたようなジジイ」がいた。目が悪いのか商品棚に顔をグッと近づけて店内を徘徊している。手は口元にあり何か異音がしていた。
なにかと思えば入れ歯をギャッポンギャッポン抜き差していたのだ。
世の中には「パン屋でトングをカチカチさせる」慣習があるが、それと同様のテンポ感で入れ歯をギャッポンギャッポンさせていた。
コンビニにいる全員が
「どうか入れ歯が商品棚に落ちませんように」
と願いながら薄目で、横目で、そっとその存在を確認していた。
そこに4歳の娘が駆け寄っていった。
嫌な予感がする。
「は、とったらダメでしょ!」
しかるねこならぬ、しかる娘である。
周囲を省みない音量のため、店全体が彼らを見た。緊張が走る。
「すいません!もう、こっち来なさい!」すかさず2人の間に入りこむ。
なんでとれるの?」
やめてくれ〜〜〜。
ジジイ、いやジジイジジイ言ってすいませんでした。おじいさんは娘と私をじっと見つめている。パッと見あまりフランクなタイプでもなさそうだ。
「ほら、邪魔になるからもう行こうね」娘の手を取って別レーンに移動しようとする。
「歯がいたいの?」
ダメだ興味マックスだ。
歯がいたいんでしょ!」
断定しおった。
ここでおじいさんの口が微かに開いた。
私は最悪のパターンを頭の中で瞬時に描いていた。総入れ歯だと滑舌がかなり聞き取りにくくなってる方が多い。何か私たちに仰られてもこちらが聞き取れない可能性が高くまたそれを
「何いってるの!?」と恐れを知らない娘が猛攻する可能性が激高だ。終わりだ。誰に似たんだこの性格。はやく帰りた
「「「おじょうちゃん!!!!!元気でな!!!!!!!!!」」」
うわっ、びっくりしたっ
おじいさんの声は想像の3倍大きく、滑舌もめちゃくちゃ聞き取れた。
これは会話と言っていいのだろうか。
せっかく帰ってきたボールなのに娘は歯の秘密を聞けなかったせいか、シラーーっとしていた。
なんか返してくれ。
その後おじいさんは何も買わずに帰っていった。申し訳ないことをしたな、と思った。
アイスかっていい?」
種を蒔いた娘はとっくにおじいさんのことを忘れていた。家にはまだ特売のアイスが残っているが、いつもより高いアイスで涼を取りたい気分だ。緊張が解けた店内で、久しぶりに見たことのないパッケージのアイスを手に取った。